2015年9月21日 (月)

精巣腫瘍って… 

精巣腫瘍(精巣ガン)かも?

と診断されて、9日後には手術まで終わっていました。

あっ! …という間に時間が過ぎて、悩む暇もなかった?!

そんな気がする時間を過ごしました。

高尾山に行ったあと… 楽しいGWも終わり、いつもの定期検診で大学病院へ

そして、軽い気持ちで主治医に 聞いてみました。

「先生 チビの睾丸が片方だけ腫れていて気になるんですけど、診てもらってもいいですか?」


「どれどれ〜 これは水が溜まっているし、大きいね。いつから?

専門の先生にも診てもらおうね。」


と、すぐにまわしてくれました。問診から始まるかと診察室の扉前で待っていたら、違う扉から呼ばれ・・・

エコー(超音波)検査 CT造影剤検査 血液検査と 出来る限りの検査をすぐにしてくれました。

エコー検査で、先生が1回席を立ち… 
暫くしたら、小児外科先生がきてエコー再診して 簡単な説明を受け

すぐに血液検査を依頼されました。


血液検査は、本日2回目。すでに定期検診で7本くらい取られていたので…

ダメ元で ・・・

「今日、すでに7本くらい取っているの、ですが…()

「ごめんね〜 違う検査内容だから取らせてね〜 ついでにCT造影検査のルートも確保しちゃうからね〜」


と、とととーっ! と進んで、さすがに少し嫌な予感がしていた頃でした。


最後に小児外科先生のお話。

先生は、チビに気を使ってくださり、チビを看護師さんに預け

「チビくんに、精巣腫瘍がみつかりました。

今の段階ではなんとも言えませんが、血液検査の結果次第では、悪性の可能性もあり得ます。 子孫は残されますか?」


「ぁ。 えっ?! 子孫は残しません。」

バタバタと検査が進んだので、そんな予感はしていましたが。。。

腫瘍がみつかりました。 の言葉に… 

安堵の気持ちと 頭が真っ白になり 何も聞こえない感じと…

でも “子孫は残されますか?” の言葉で我にかえりました(笑)

あまりにも不意をつかれた質問だったので、一瞬なにを言われているか理解できず、2秒くらい固まっていました (。・w・。 )


検査結果は、全部の結果がわかるまでは、早くても2週間後と説明されたので。 
20
日後の予約を取り帰宅したのですが、深夜に肺炎で再度大学病院へ運ばれ… 
本日、3回目の血液検査をされて、入院でした。

肺炎で1週間の入院中に、精巣腫瘍の検査結果も少しずつわかり、全部の検査結果は出ていませんが 80%悪性腫瘍で、進行も早いので早急に取りましょう。


と、説明をされて、肺炎完治後 そのまま手術となりました。

手術方法は 「高位精摘除手」手術時間は20分位で終わります。   

と、説明を受けました。

「高位精
摘除手」とは
鼠径部(下腹の下)をメスで
いて、そこから片方の精を精につながる管ごと摘出する手だそうです。 

説明されるまでは、陰嚢を切って、そこから精を取り除くのかなあと思っていたのですが、 癌の可能性があるところが残らないように、高い位置から取り出すこと。 と 私は理解しました。


説明された通り 手術は早く終わり、先生からの説明を受け

「転移しないように、そぉ〜と取り出しました。 見ますか?」

「ありがとうございます! ぁ。・・・ 見ます!!」


手術前に説明された絵と同じ物が目の前にありました ( ̄▽ ̄)

2015年8月12日 (水)

障がい児の内科問題!?

簡単に言うと、小児科から内科へ… 

なんで問題なのかというと、チビは高校卒業した18歳。
通常ならば、15歳までが小児科で、高校生になって内科へと進んでいくのですが…


チビのような 寝たきりの子供は、小さい時から主治医がいて、毎月1回・3ヶ月に1回・毎週1回と、2〜3カ所の病院へ定期検診で通院していたりします。



チビの場合は、今は2ヶ所
1つ目は、大学病院
2つ目は、心身障害児専門の療育センター
2つ目の療育センターは、入院設備はなくはない。
「なくはない」とは、予め○○での医療入院。という入院なら出来ます。
でも、救急外来とか外来の診察に行っても、入院設備のあるところへ回されるのです。

チビの通院している療育センターの先生は、近所の病院へ電話して受け入れ態勢を確保してくれますが
他の療育センターでは、「お母さんが、自分で病院をみつけて連れて行ってください」
と、体調が悪い子供を抱えているのに、言われるところも実際にあります。



そこで、内科問題。

近所の入院施設がある病院でも、なかなか18歳の子供(?)を 受け入れてくれる小児科はないのです。
同じ病院内でも、小児科から内科へ移ると…
・ 手薄い看護になる(例) 清拭ってなんですか?  ぇっ... ∑(゚∇゚|||)
・ 障がい児を理解出来ない看護師が多い
そんな内科には行きたくない。
と、小児科にしがみついている お母さんもいらっしゃいますが…

風当たりは相当強いそうです…。
これが現状です。
次回の入院までに、なんとか壁を乗り越えないと… 
 
違った!(笑)  元気で過ごさないと!!(≧∇≦)

2015年7月19日 (日)

不思議な偶然…?!

この2ヶ月間で チビが3回も肺炎で入院しました。

それも、全てに意味があるかのように…



1
回目 救急車で主治医のいる大学病院へ運ばれる。

ゴールデンウィークが明けてすぐ、主治医がいる大学病院での定期検診でした。
そこで、前から気になっていた、精巣も診察してもらって…

「もしかしたら、腫瘍かもしれないので、詳しい検査をしましょう」

と、そのまま詳しい検査をしてもらって、検査結果は 2週間くらい経たないと全部は出ないとのことで、19時頃帰宅。

でも、長い時間病院にいて疲れちゃったのか? 22時頃から発熱し、症状を伝えるものの 近所の病院では救急外来が立て込んでいて診れないから、救急車を呼ぶようにといわれ…

救急隊員が来てくれて病院を探してくれるも やはり近所の病院では難しいと…

で、家から少し遠い お昼にも行った 主治医がいる大学病院へ運んでもらい そのまま入院しました。


肺炎で入院中に、精巣腫瘍の検査結果が少しずつわかり、80%悪性腫瘍で、進行も早いので早急に取りましょう。

となり、肺炎完治後 そのまま手術となりました。
当初の予定よりも、早く手術もしてもらえて 一安心です。



2
回目は 通所先でそのまま入院。

高校を卒業後、4月から 病院併設のところで通所しています。
こちらも、身体障害者専門の歯科・整形外科等… で毎月通院もしているところなので、主治医が飛んできてくれて 今回はたまたまベッドが空いていて無事に入院出来ました。


入院して3日目、父が危篤になり翌日 旅立ちました。
なんだか、チビがゆっくりと父とのお別れの時間を作ってくれたような気がしました。



3
回目は 近所の病院へ 発熱とタンの切れが悪かったので、抗生物質をもらいに病院へ行ったら

「この短期間で肺炎繰り返しているというコトは、少し泊まっていく?


3
日間という 本当に短い入院生活でしたが、すっかり元気に。

この3日間で、いろんな整理もできました。



偶然とはいえ…

GW後の診察時にみつかった 早期摘出手術

救急車で病院へ行く事なんて…

まして 普段なら大学病院へ救急外来は行かない… 

でも、そんな偶然がかさなったおかげで

本来よりも早く、検査結果を待つ事なく、悪性腫瘍の摘出手術が出来ました。


チビの 身体を張った? 不思議な力を感じた2ヶ月でした。





2015年5月 7日 (木)

車いすで山登り(/ ^^)/

きっかけは、GWに兄ちゃんが自然を感じたい。…とconfident

ん〜。 チビwheelchair も一緒に行けて 自然が感じられる所… 探しました!shine



《車椅子でお出かけ バリアフリーマップ》

バリアフリー度を見ると…

「身体的には下肢麻痺など、車椅子を最大限に操作して行動できるレベル。

設備的には一定範囲内の段差や傾斜など難点があるものの車椅子での単独利用が可能なレベル。」

これなら“高尾山”なんとか行けるかも?!

 

車いすwheelchair 高尾山599.15m に行って来ましたヽ(´▽`)/

車いすといっても… お出かけ用として使っている

RVポケット(LL) ベビーカーの大きい版みたいなタイプで、普段使用しているのよりは扱いやすく小回りが利きます。

車いすでも登れる理由は、高尾山の登山口にあるケーブルカーの清滝駅は、標高201m

ケーブルカーに乗り、高尾山の山服にある 高尾山駅は、標高472m

実際に登ったのは、127.15m ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

 

ケーブルカー往復でお世話になった駅員さんが、とても親切にしてくださりスムーズに乗り降りする事ができましたshine

さて、ケーブルカーをおりて 127.15m の登山の始まりsun

高尾山薬王院までは舗装されたゆるやかな道なので 問題なく歩けます。

その先は、階段が続きますので、迂回路を使い 山道(砂利道)に入ります。

山頂に近づくと斜面も車いすでは そこそこキツク兄ちゃんが大活躍でしたgood 

そこを登りきったら、山頂です\(^o^)/

山頂は、思っていた以上に平らで広くゆっくりできました。

登ったら… 下山。

登るときは、車いすを後ろから押せばいいので、支える安定感があります

下山は、登る時よりも坂がキツク感じたので後ろ向きに… とも思いましたが

車いすを引っ張る感じで前向きで下山しました。

私では山頂付近は支えきれず、半分以上は兄ちゃんがチビと一緒に行動してくれました。

兄ちゃんがいてこその 127.15m 登山でした。

一般的な車椅子のタイプだと、山頂まで登るのは難しいかなぁ〜 と思います。


山道では、人もそれほどいなくて 本当に自然を感じられて兄ちゃんも大満足shine 

チビも頑張って付き合ってくれて、リフレッシュできましたhappy01


2015年4月 8日 (水)

チビ 思春期の壁?!(*'-'*)

チビのような寝たきりの 障害の重い子どもたちに多い 思春期の壁…

嚥下とか呼吸とか側湾とか…

結構ハードルが高い壁なのかもしれません!?

なんで思春期になると 体調を崩す子どもが多いのだろう?

チビも体調を崩すのだろうか? 

ぃゃぃゃ うちの子に限って… ないない… きっと。  という気持ちと

体調崩す ➡ 経管栄養(鼻腔留置・胃瘻等) ・ 気管切開 等になる。

そんな子ども達を まのあたりに見ていると、人ごとではない。



今回の経管栄養の事も含めて、今まで出来ていたものが 出来なくなってくる。

そんな子どもが増えるのが、17歳〜18歳(高2〜高3)の頃。

ここを踏ん張って乗り越えられれば…、大きな山が1つ越えられた事になる。 

でもチビは、越えられなかった…


なんでチビは嚥下機能が落ちてきたのか?

 




簡単に言うと 成長と共に 「首も」伸びるsign01


担当医がわかりやすく説明してくれました(*^-^)

「今までは短い首で上手にゴックンが出来ていたものが、成長して首も伸びます。そうなると 長い首でゴックンするには、
チビくんの場合は それ相応の力もいるのですよ〜 


と。 チビの場合は説明されました。

ほぉ〜。 なるほど…。 

そこまで深く考えていなかったので ^-^;

思春期の謎が解けました!shine

2015年3月 1日 (日)

学校での経管栄養「口腔ネラトン」と「鼻腔留置」の違い

チビは中学生の頃から誤嚥はあったものの、上手に食べられていたので先延ばしにしていたのですが、誤嚥性肺炎で年に3回も入院があったりすると、本人の体調も心配なので、ここはひとつ覚悟を決めて進まないと。。。 
だからといって、
お口から食べる事が大好きなのに それを取り上げるのはあまりにもせつない…

 
そこで「口腔ネラトン」と「鼻腔留置」このどちらかを決断して進む事にしました。



「経管栄養」とは? 

簡単に説明すると、栄養チューブを胃まで入れて、チューブから食事をする事です。

栄養チューブを胃まで入れるという作業は、医療行為となり、医師か看護師さんでないと出来ません。でも、医師の指示があれば 親も出来ます。

経管栄養もいくつかありますが、今回は2つ。



口腔ネラトンとは…

食事や水分のだけ、チューブを口から胃まで入れるのですが、回チュブをまなくてはなりません。


鼻腔留置とは…

栄養チュブを鼻から胃まで入れて、チューブを鼻の横で固定して1週間に1回、チュブを交換します






チビがチューブを飲み込めれば、口腔ネラトン。

チューブを飲み込めなければ、鼻腔留置。


学校に通うなら、
この2つの違いは大きくて…

医療的ケアがあるか? ないか? 

医療行為になるので、医療的ケアを申請しなければ、親は子どもから離れられないのです。

申請しても、手続きに時間もかかり… チビの場合は早くても9ヶ月後。

そうなると 最低でも9ヶ月間は仕事に行けない ( _ _ )..........o 



そんな母の気持ちが通じたのか?

チビは上手にチューブを飲み込む事が出来たので、経口摂取で足りない食事の栄養と水分は口腔ネラトンにしました。


口腔ネラトンならチューブは必要な時だけなので、学校での医療行為がありません。

給食も学校で無理のないように食べさせてもらえるので、食事介助で子どもに付添う事もなく仕事も続けられる。

この違いはとっても大きい事で、チビに感謝です。




2015年1月 5日 (月)

今年もよろしくお願いいたします!

みなさまにとって、いいことがいっぱいの年になりますように~shine

本年も どうぞよろしくお願いいたします。




子どもたちは まわりの環境にも恵まれて 昨年よりも 

 

もっと自分の気持ちを表現することが上手になってきました°+(*´∀`)b°+°


子どもたちも私も、本当に幸せな日々を過ごしています。

たくさんの事に 心から感謝です  ヽ(*^∇^*)ノ

2014年12月31日 (水)

離婚裁判 〝子どもの陳述書〟 

裁判1回目の 証拠提出〟 として私に「モラハラ」を教えてくれたお友達の子どもが書いた 陳述書を参考にしながら兄ちゃんなりに書いてくれたものです。


 

陳述書


1、僕が今まで見てきた父の家庭における横暴な振る舞い、父にされて辛かったこと、父の母や弟に対する酷い仕打ちなどについて、別紙のとおりまとめました。


2、僕は、二度と父親と一緒に暮らしたくはありません。離婚が成立することを願っています。




 

幼稚園~小学6年生


幼稚園年少の頃から、父は音に対して異常にうるさい人でした。

テレビを見ている時も、弟と遊んでいる時も少しでも大きな声を出すと怒られました。食事の時にテーブルに肘をぶつけた音をたてただけでも、機嫌が悪いと必要以上に怒鳴り、せっかくの料理も美味く感じなくなりました。

休日に父が家に居る時には、電話をかけるのはのはもちろん、電話がかかって来てもなぜか怒られました。

遊技場に行った時も、車で渋滞しては怒り、並んでいる時でも怒り、父に気を使うのに精一杯で全然楽しめませんでした。なので、本当は楽しい休日も僕にとっては息苦しい嫌な日でした。

その為、家に友達を呼ぶことも出来ずに引きこもる癖が出来てしまいました。

しかし、その頃の僕は父を完全に邪険にしていた訳ではありませんでした。何故なら、この頃はスポーツを習っていて、よく監督やコーチから怒鳴られ、殴られてきたので、能力で差別されるのは当然、悪いのは自分だと思い込んでいました。



中学校


新しい友達が出来ても、当然のように家に呼ぶことも出来ず、相変わらずつまらない日々でした。しかも、僕が中学生になってから、父は部活でレギュラーになれ!だの、彼女を作れ!だの、毎日のように言ってきて、それが実現しないと、「お前はダメ人間だ。」「生きている価値がない。」「死んだ方がいい。」などと言われてきたので、本気で自殺しようかと考えた事もありました。

父の納得のいかないものは、容赦なくすぐに捨てられたので、友達と遊ぶ時もなにかと不便でした。

テレビも家に1台しかなく、父の納得のいくものしか見せてもらえず、パソコンも全く使えなかったので、友達に「○○もしらないの?」とよく言われ、とてもショックでした。

高校受験に向けて塾に通おうとしたら、「金の無駄だ!」と勝手に決めつけられ、この時も「母が働いて塾代を払う」ということで、父は納得し、やっと塾に通えるようになりました。なかなか入塾することが出来ず、塾の先生にまで迷惑を掛けてしまいました。

父はというと、飲みに行ったり、株をやったりで、僕には理解出来ず、この頃から「父は少しおかしいんじゃないか?」と思い始めました。



 

高校生


「高校に受かれば何をしてもいい」と言われたのに、「ゲームをするな!」「マンガを読むな!」と、相変わらず制限ばかりです。

父は「嘘は絶対につくな」と強く言っているのに、自分は嘘ばかりついています。

禁煙すると言ってもいっこうにやめません。「電気をつけっぱなしにするな!」と言っている自分は階段や自分の部屋の電気をよくつけっぱなしにします。

自分の言った事に責任を持たない父に、僕はすごく腹が立ちました。

高校に入ってから、「自分で代金を払う」という条件で携帯電話を使う事を許可してくれました。しかし、それから1ヶ月ほど経った頃に、彼女が出来ないという理由で携帯電話を壊されそうになりました。しまいには「彼女ができないなら高校へ行く意味がない。」と高校をやめさせられそうになり、さすがにこれは冗談じゃないと思いました。

それからも、僕は「○○だから彼女ができないんだ!」「彼女ができないなら○○だ!」と、父の機嫌が悪い時はよく「彼女ができないから…」と無理やり理由をつけて怒られました。

テレビが1台だけだと不便ということで、父用、リビング用、その他用の3台になり、やっと自分の見たい番組が見れると思っていました。しかし実際は、唯一録画できるリビング用のテレビに父が見たい番組が予約してあり、父がリビング用のテレビを使うという始末。父の部屋は父以外立ち入り禁止なので、僕は父用のテレビを使う事が出来ず、かといって母の部屋にあるその他の用のテレビで番組を見ていると、「お前はロリコンか!」「何引きこもっているんだ!」と怒られたので、結局満足にテレビを見る事は出来ませんでした。

父は急にこの頃から、よく怒りの矛先を母に向けるようになりました。「料理がまずい」「物音がうるさい」など、とてもくだらない理由ですぐに怒り、最悪のときには、明らかに母は悪くないのに強引に、精神的、身体的に追い詰め、自分を正当化していました。

そのせいで、体の不自由な次男は夜遅くまで夕食が食べられませんでした。次男は意思の疎通ができませんが、きっとすごく苦しんでいたと思います。僕はこの時初めて、自分の父は自己中心的な悪い人間だと確信しました。

他の家を覗いてみて、自分の家とのギャップに驚き、これが本来の家族なんだなと思いました。そして、つい最近高校の授業で「DV」について習い、自分の父とぴったり重なったので、ますます父は悪い人間だと強く確信しました。

 今現在は母の頑張りのおかげで、平和な毎日を過ごしています。今まで苦しみに耐えてきた次男、そして父に屈することなくいつも僕達の味方でいてくれた母には、感謝してもしきれない程すごく感謝しています。父のせいで、僕は引っ込み思案で言いたい事を言えないダメ人間になってしまいましたが、母が今まで努力してきたように必死に頑張り、少しずつ「本当の自分」を取り戻していけたらと思います。そして、いつまでも僕達が幸せであることが僕の一番の願いです。

もう二度と、父とは暮らしたくありません。




O
o。.。.。oo。.。.。oo。.。.。oo。.。.oo.。.。oo。.。o

 

兄ちゃんが、離婚できるなら書くよ!!  ・・・と、自ら書いてくれました。

本人も言っていたように、対人恐怖症でした。。。

でも 今では、好きな道へ就職もでき、性格も明るくなり 本当の自分を出せるようになってきたと思います(o^-‘)b

モラハラ・DVの人間と一緒にいても、絶対に良いことなんてありません!

今 悩んでいるなら 自分が壊れる前に… 

1日でも早く縁が切れますように…  から願っています。

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